時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Twin of soul.

「本当…無茶するよ、君ってば」
「はっ、今無茶せずにいつ無茶するんだよ。おら、しっかり歩けよ」
「うん…」
僅かな機械音すら途切れ、全ての電灯が落とされ、完全に無音になってしまった塔の中を、悠太はダストに肩を貸されてどうにか歩いていた。先刻からの走り尽くめで、油断すると膝が笑って転びそうなのだ。
塔の内部構造は酷くシンプルで、通路と内側に面した部屋が数個、あとはエレベーターが中心に取り付けられているだけだった。
「ここに人はいないのかな…」
「いるわけねぇだろ。ここは『ラグランジュ』だぜ?」
「コンピュータがどんなに性能が良くても、管理する人ぐらいは必要じゃないのか?」
「そんなんいやしねぇよ。絶対に狂わないシステム、それが『ラグランジュ』らしいからな」
吐き捨てるように呟き、ざまをみろと言うようにダストは歩きながら天井を見上げる。この世界の人間達が当たり前に享受している、「永久機関」を自分の手で止められたのが嬉しくて仕方ないのだろう。相変わらずこの世界と自分の認識のギャップを感じつつ、悠太も歩いた。
やがてエレベーターの前へ辿り着くと、二人で無理やりドアをこじ開ける。
「ふぅ…どっちへ行けばいいんだ?」
吹き抜けになっている暗い空間を見ながら、悠太はぶるりと身を震わせる。昇るにしても降りるにしても、無謀としか思えない深遠が広がっている。しかしそんな悠太に、ダストは容赦ない結論を下す。
「下だな。重要な設備は全部下のはずだ。上にあるのはせいぜい通信局だけだ」
「……降りるの?」
ひゅうううううう、と風が吹き上がる。繋がる道しるべは機体を支える細長いワイヤーしかない。
「当然」
にやり。嫌な笑いを自分と同じ形の口元に浮かべられた。
「馬鹿ッタレ、何この世の終わりみてーな面してんだよ。俺が先に降りるからお前はのんびり来い」
固まった悠太を置いて、ダストは何の躊躇いも無くひょいっと飛んでワイヤーに捕まった。ベルトから金具を伸ばしてワイヤーに取り付けると、しゅるしゅると降りていく。
「ま、待ってくれよ!」
慌てて悠太も飛ぶ。しがみ付いたワイヤーは幸いかなりしっかりしていて、一人や二人ぶら下がったところで撓みもしなかったが、悠太は必死に下を見ないようにしながらずるずると降りていった。暗い穴の中を、どんどん下がっていく。ダストの持っているペンライトだけが頼りの暗闇に、冷や汗をかきながらじわじわと距離を稼ぐ。
「ダストー!」
「何だー!?」
「まだなのかー!?」
「まだまだだー!!」
容赦の無い現実が降りかかってきて、悠太はこっそり溜息を吐いた。
ずるっ!!
「うあ!?」
その瞬間腕力が抜けて、濡れていた掌が簡単に滑った。
「わ、あああああっ!!」
慌てて握り直すが、間に合わない。ずるるるるっと滑って加速がつき、止められない!
「だっ…馬鹿ッタレ!」
上から悲鳴が近づいて来るのに感づいたダストは、慌てて両手を離し、両足と腰の支点だけで身体を支えた。
ズザザザッ、ドガッ!
「ぐあ!」
「あうっ!!」
落ちてきた悠太の身体を受け止めた衝撃と、悠太の身体から伝わる痛みに悲鳴をあげる。それでもダストは、数メートル降下するだけで堪え切り、ワイヤーにしがみ付き直した。
「はっ…はっ…はぁ――――…」
「はぁ…はあ…はぁあぁ…」
お互いの荒い息が虚空に響き、溜息が同時に漏れた。
「…ユゥタぁー…」
「ご、ごめ、ん…もう、腕もあんまり動かなくっ、て…」
「この、貧弱ッ……もーいい。行くぞ」
悪態をついた後、それでも片腕で悠太の身体を支えたまま、ダストはそろそろと地下に向かい出した。
「ダスト? も、もう大丈夫だから」
「うるせえ。テメェが落ちたら俺も死んじまうじゃねーか。黙ってろ」
その腕やその足も、感覚が悠太と共有されているのなら、その疲労は計り知れないものだろうに、それでもダストは降下を止めない。玉の汗が額に浮かび、息も上がってきた。悠太は、先程擦って血が滲んでしまった掌のぢくぢくした痛みを我慢して、ワイヤーにしがみ付いて身体を浮かせた。
「ユータ?」
「少し休もう」
「…………悪ィ」
荷物が無くなって、ダストはまた腕を離して軽く肩を回した。そして、その掌がやはりちりちりと疲労とは別口で痛むのに気づき、「お前、掌やったか?」と自分の半身に声をかけた。
「あ、うん。さっき滑り落ちた時に」
「馬鹿ッタレ。すげー痛ェだろ」
「平気だよ。…ダストに比べれば、全然」
痛くないわけが無いけれど。その痛みも、彼が背負っていると思えば、全然辛くならなかった。深遠の闇の中で。油断すればあっという間に死が襲い掛かる場所で。何故か、二人はとても安らいでいた。お互いの心臓の音が、酷く近く聞こえるから。
―――――――――ゴウン!!
「「!!!」」
ぱっ、と足元の向こうに灯が点り、ワイヤーが動き始めた! 巻き取られるワイヤーはどんどん勢いを増し、地の奥底から箱を持ち上げている。
「まさか、もう!?」
「ちっ…ユータ、飛べェ!!」
驚きは一瞬、ダストはベルトを切り離し、悠太の腕を掴んで飛び降りた!
ダァン!!
今まさに二人に激突しようとしていた箱の上に飛び乗り、間髪入れずにもう一度飛ぶ。
ガツッ!!
下の階層に通じる出入り口の前、本当に僅かな出っ張りに指を引っ掛け、振り子のように揺れながらも二人分の体重を必死で支えた。
「ッ……!!」
「ダス、」
「馬鹿ッタレ動くなっ!!」
悲鳴のような静止に、悠太は慌てて身体を固くする。ギ、ギシ、と腕の筋が嫌な音を立てる。凄まじい負荷を食らいながらも、ダストはその片腕を無理やり曲げ、悠太を持ち上げる。
「ユー…タ、上、昇れッ…何とか、ドア抉じ開けろ…!」
「わ、解った! やってみる」
出来る限りダストに負担をかけないように、悠太はそろそろと腕を伸ばして同じ突起を掴む。懸垂は決して得意ではないが、必死に身体を持ち上げ、膝が乗るのがやっとの場所によじ登った。ドアの方は既に電源が戻っているので、脇にある非常用の開閉装置を見つければすぐに開けることが出来た。悠太は夢中でドアの向こうに飛び込み、ダストに向かって手を伸ばす。
「ダストっ!」
「おう…!」
自由な方の腕の指で、必死に空気を掻く。何度かすれ違い、そして―――届いた。
「ぁあ゛ッ!!」
その瞬間ダストの片腕に限界が来た。ズルッと滑り、身体が穴に向かって落ちる――――!!
「ッ!!!」
ダンッ!!
悠太は咄嗟に腹這いになり、両手を伸ばしてダストの手を支えた!
「は……はっ、あ…!」
「っく…うー……ッ…」
ずる、ず、と細心の注意を払い、悠太はダストの身体を引っ張り上げた。漸く地に足をつけることが出来たダストは、全ての力を使い果たしたように冷たい廊下に寝転がった。同時に悠太も、ダストを引き上げた体勢のまま、ふらりと身体を傾がせて仰向けに床に倒れた。
「はっ…ハァ…ッ!!」
「はー…はー…」
お互い呼吸を整えるのに、かなりの時間を要した。やがて、先に口を開いたのは悠太の方だった。
「…し……」
「あ………」
「死ぬ、かと…思ったッ…」
「あー…さすがに…ヤバかった…」
ごろん、とダストも寝返りを打ち、二人で味気ない明かりのついた天井を見上げる。―――――明かりの付いた。
「ヤベェっ! もう動いてンぞ!!」
がばっとダストが起き上がる。
「そ、そうだった!」
悠太も無理やり身体を起こす。もう既にラグランジュは動き初めているのだ。迂闊に休んだりしたらあっという間に居場所を見つけられてしまう。
「ユータ! 弾あと幾つある!?」
「え、ええっとっ…」
ごそごそと服の裏に縫い付けたマガジンを探る。
「これで最後だよ!」
もう自分が持っていても役に立たないだろうと、残り2つになっていた弾を両方ともダストに放り投げる。
「ありがてぇ! ―――走るぞ!」
「うん!」
これできっと最後。そんな希望的観測を胸に抱き、魂の双子は走り出した。