時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Voice that doesn't run.

「ば…かっ…タレェえええっ!!!!」
搾り出すようなダストの叫びが、空気を劈いた。
それから一連の動きが、悠太には何故か酷くゆっくりと見えた。



ダストが、右手でマシンガンを窓の外に向ける。



ガラスに縫い付けられたヴォーイの体が、ずるずると滑り落ちる。



その向こう側に立つシェイドが、光線銃を構える。



「…ッ駄目だぁっ…!!!」
その光景を見た瞬間、悠太はダストの体に体当たりし、通路の影に滑り込んだ!
ガガガガッババババガガガッ!
ダストの銃から吐き出された弾が、廊下を抉る。熱線は、ヴォーイごとガラス戸に穴を空けた。
「離せ! 離しやがれユータ! あの野郎あの野郎ッ、ぶっ壊してやる…!」
抵抗するダストを廊下に押し倒したまま、悠太は呆然としていた。ここまで動けた自分が信じられなかったからだ。そのうちダストは体を無理やり持ち上げ、悠太の襟首をわし掴んだ。
「畜生ッ!! 何で止めた!」
「あ…ヴォーイに当たると…思って…!」
「馬鹿ッタレ、あいつはもう―――」
ずるり。何かを引きずるような音がして、はっと二人で振り向く。そこには、シェイドがいた。前と寸分違わぬ姿と、表情でそこに立っている。違うのは、そんな彼の横にいつも立っていたはずの主が、今血塗れでその足にしがみついていることで。
「ヴォーイッ!!」
ブレードと熱線で傷つけられた体は、もうほとんど言うことを聞かないはずだ。それなのに彼は、ぐ、と顔を起こした。その顔を、血と涙に塗れさせて。
「ぁ…スト、ゆーた…た、のむ…」
ひゅう、と引きつった呼吸音と共に、ヴォーイが言葉を紡ぐ。しかしすぐにげほ、と血の絡んだ痰を吐いて、その続きは滞ってしまった。
「っの…木偶野郎ッ!」
ダストが再び、嘗ての仲間に向けて銃を向ける。それに呼応して、シェイドも銃口をあげる。
「シェ、イドっ…!」
しかし、必死に伸ばされたヴォーイの腕が彼の膝に絡み、がくりと体が崩れる。はっとなって、ダストも銃を逸らした。ず、ずる、と、ヴォーイがシェイドの体をずり上がる。腰に手を回し、無理やり体を持ち上げる。何故か、それを振り解くことなく、シェイドは立ったままだ。
「もしかして―――、シェイド、ヴォーイのことを覚えて…」
「んなわけあるかよ…!」
僅かな希望を込めて呟かれた悠太の言葉を、ダストは一発で切り捨てた。ぎり、とシェイドの腕が上がり―――
ざびゅっ!
「あ! がっ、あああっ!!」
「ッ!!」
「ヴォーイッ! ヴォーイ、どけえッ!!」
左腕から突き出されたレーザーブレードが、ヴォーイの腹部を貫通していた。仰け反り、びく、ひくんっと体を震わせ悲鳴を上げたヴォーイは、それでも、ダストの叫びも聞かずに。
ぐ、ずる。
腹部に、剣が刺さった状態のままで、シェイドの腰に手を回した。
「ごめ、ごめっ、な、シェイ、ドォ、俺、おれのせいで、こんな、こんななっちまってっ」
胸の上に呟かれる詫びを、シェイドはただ見下ろすだけだった。
「も、いい、から、おまえ、おれの、めんどう、なんっかっ、みなっくて、いいからっあっ…!」
ずぶるっ!ぼろぼろと泣き続ける嘗ての主から、シェイドは勢いをつけて、ブレードを引き抜いた。辺りに血が飛び散り、支えの無くなったヴォーイの体はずるずると滑り落ちる。
「ヴォーイ!」
そのあまりも残酷で、凄惨な光景に、ダストも名前を呼ぶことしか出来ない。と、そのヴォーイが、シェイドの両膝に掴まったまま、二人を振り向いた。
「な、あ、っく、たのむ、たのむよ、こいつっ、こいつだけは、すけて…たすけてくれよ、たの、む、からぁ…!」
小さな子供のような、泣きながらの懇願に、ダストは困惑を浮かべて銃を構えたまま動けない。
「――――――」
緩慢な動きで、シェイドが銃をダスト達に向けた。
「っ!!」
一瞬で、ダストは結論を出した。隣で動けない悠太の腕を引っ掴み、奥へ向かって駆け出した!
ババババッ! と熱線が床を焼くが、既に二人は角を曲がってシェイドの視界から外れていた。シェイドは自然と、後を追うように歩き出そうとし、がくんと止まる。
「ごめんなぁ…しぇいど…ごめ…ん……」
もう殆ど意識が途切れているらしいが、それでも自分の足に抱きついたままから離れない侵入者が一人いた。それを見下ろし、一瞬。ほんの一瞬だけ、シェイドの動きが止まった。だが、それだけだった。
カシンッ。
バババッババ!
銃口を下に向け、熱線を放射する。自分とそう変わらない体はびくん、びくっと体を波打たせ、完全に生命活動を停止した。
チチッ、と小さく、本当に小さく、シェイドの電脳内部にノイズが走った。すぐに分析モードへ移行したが、原因が確認できなかった。やむなくシェイドは、「本体」―――ラグランジュへ向かって通信する。
「一階フロア交戦後、原因不明のノイズ発生。帰還後、オーバーホールを希望する」
『了解』
それだけで通信を終えると、シェイドはもう歩みを緩めずに奥へと向かっていった。