時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

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地上に出る入り口の傍で、ダストが外を伺っているのが見えた。声をかけようとした瞬間、制するようにこちらも見ずに手を翳された。はっとなってダストの斜め後ろにしゃがみこむと、大きな車が音を立てずに何台も外の道路を走っていった。
「……掃除屋だ」
「掃除…?」
疑問符をつけると、見ろ、とでも言う風に外に顎をしゃくられた。確かこの向こうにはあの路地裏があったはず、と恐る恐る顔を出すと。
「………あれ?」
そこには、何もなかった。沢山の肉片も血液も、充満していた臭いすら、存在していなかった。
「これで、終わりだ。ナンバーの奴らは俺達が、同じ血を流す生き物だってことにすら気づかない」
悔しさを押し殺した声で、ダストが言葉を紡いだ。
「全部…全部、『掃除』したのか? 今の車が…」
信じられない。あれだけの量の殺戮を、何の跡も残さずに綺麗に出来るなんて。――――まるで本当に、あの悪夢が只の夢だと思えてしまえる程に。
「…あの後、どうなるんだ?」
「…使用済みパーツ用の溶鉱炉に、みんな放り込まれる。死体なんてみんなそうだ」
「――――ッ…」
悠太の血の気が引く。ではあの時レイを見つけられなかったら、まだ息のあった彼女も同じ運命をたどっていたかもしれない。
「ダスト…ごめん」
「あ?」
「君は君なりに…レイのことを助けてくれたんだろ?」
「へっ。あいつらに回収されるのはシャクだからな」
後悔した。彼を責めるような台詞をぶつけてしまって。傷ついていないわけが無かったのに。
「………ヴォーイの奴は?」
「えっ」
振り向くと、こちらに背を向けたままダストが問うていた。いつもと変わらないはずの背中は、酷く小さく見えた。そう言われて、ヴォーイを置いてきたことに今更ながら気がついた。どうしてだろう、あの状況ならヴォーイの方に自分は荷担すべきはずかもしれなかったのに。何故か、自分の傍から離れていくダストの方が、ずっとずっと苦しそうに見えたから。
「……部屋に、いるけど」
「…………ユータ。今度襲撃があったら、躊躇わずに撃て」
「え?」
「次の戦闘で、絶対にシェイドが回収されてくる」
「!!」
レイの死で飽和状態になっていた頭に、更に惨劇が食い込んできた。そうだ、シェイドは。自分の力を振り絞って、自分の主とその仲間を守ったのだ。そして彼はリバイブ。壊れたリバイブは完膚なきまでに破壊しない限り、回収されて復帰する。完全にオーバーホールされて…メモリを、全てリセットされて。
「あいつに、撃たせるわけにいかねぇだろうが」
目を逸らしたまま、それでも言い切るダストを目の前にして、悠太の心がぐっと詰まった。そうだ。何で今まで気づかなかったのか。この目の前の、自分とそっくりな男は、実は自分とぜんぜん違う。自分の仲間を助けようといつも必死で。自ら先頭に立って。それで、自分は。
『おおきいこえだして…ないたって、いいのに…』
マリンが、そう言って泣いていた。自分の傷をひた隠しにして、傷ついていないふりをして。
「戻れよ。…あいつらの傍に、いてやれ」
また見張りの体制に入ったダストの傍に、悠太はもう一度座った。ほんの少しだけそちらを向いて、ダストはすぐに視線を戻した。
二人の位置が、酷く近い。心臓の音が、聞こえ合うように錯覚する。
「―――ダスト」
「……んだよ」
「マリンに。言われたんだ」
「…?」
マリンという名前に、ダストが反応する。悠太はただ、抱えた膝に顔を埋めることしか出来なかった。
「――――痛いときは、泣いてもいいんだ…って」
ぽとり。小さい雫が、膝の上に落ちた。
「…何で…テメェが泣くんだよ…っ」
ぐ、と後頭部を押さえつけられた。顔をますます膝の上に押し付けられた。それを必死に押し返して、悠太も言い返した。
「何でっ…何で君は泣かないんだよ…!!」
僅かに、目の前の男が怯んだと感じた。体が触れ合った部分から、何かが流れ出してくる。
「こんなに、悲しいくせにっ…!!」
お互いの心臓が、軋んで呼応する。痛い。痛い。悲しい。痛い。やるせない。悔しい。そんな感情の奔流の、噴出す場所は悠太の涙しかなかった。
「泣くなよッ…馬鹿ッタレぇ…!」
泣きそうな声をして言うのに、涙を浮かべられないダストを見て。悠太は酷い頭痛の片隅で、自分が二人分泣いているのだと思った。ここに来るまでの自分は、涙なんて流すことは無かったから。自分はこの為にこの世界に来たのではないかと、そんな馬鹿なことを考えた。
「泣いても…何も変わらねぇっ…」
「うん…」
「何にもならねぇだろうがっ…!」
「うん…!」
解っている。解っているからこそ、だからこそ、
「シェイドっ…レ、イッ……!!」
吐き出してしまわなければ、前に歩けない。
『いいよ。誰も見てないから』
自分を甘やかす声を聞いた。
『泣いても、いいんだよ』
幻聴だということは、解っていた。
まるで子供のように寄り添って、次の朝を迎えた。