時計+人形

のんべんだらりんごった煮サイト

Job change.

「う…っさん臭ぇ」
「…そんなに溜めを入れて言わなくたって俺でもそう思ってるよ」
どうにか追っ手を撒き、悠太達と合流したダストは、危機を脱した際の出来事を聞き終えた後開口一番そう言い放った。ずいっと顔を近づけられ、心底呆れたように言われてむぅと悠太も頬を膨らませる。
「でも、私達を助けてくれたのよ?」
「それだけでそのプログラムに効果があるとはとても思えねーだろーが」
レイは自分達を救ってくれた男を弁護したいらしいが、ヴォーイも懐疑的だ。シェイドは部屋の隅に座ったまま動かない。先程の戦闘で先陣を切った為、今はエネルギーの充電に入っているのだ。
「だって、マリンが怖がらなかったんだもの。少なくとも、ラグランジュの人間じゃないわ」
レイのその言葉に、男2人は吃驚したように少女の方を見る。いきなり二対の視線で見下ろされ、マリンはびくっと肩を震わせて悠太の傍まで逃げて、床に座った悠太の背中にきゅうとしがみ付いた。
「そうだ…どうしてマリン、あの人が怖くなかったんだい?」
自分の肩に回された手をぽんぽんと叩いてやりながら、悠太も問う。マリンは困ったように眉を顰めて、恥ずかしそうに悠太の肩に顔を埋めると、ぽそぽそと呟いた。
「…………おとう、さん」
「えっ??」
彼女の口から出るのには耳慣れない言葉に、悠太が聞き返すと、
「みたい…だった、の…」と言葉を結んだ。
「…そうなの?」
レイもその答えは予測していなかったらしく、近づいてしゃがむとマリンと視線を合わせる。少女はますます顔を赤らめて、ふにゃふにゃと悠太の背中に隠れてしまった。
(万が一ってこと、あり?)
悠太の訝しげな視線を受けて、ダストとレイが同時に首を小さく振る。
(ないないない)
うーん、と一同考え込む。結論が一番早く出たのは、やはりダストだった。
「よっしゃ。とりあえず試してみようぜ、そのプログラム」
「オイ。試すって何にだよ」嫌な予感がしたのか、後ろにいたヴォーイが近づいてくる。振り向いたダストはにやりと笑った。
「決まってんだろー。ここに一体リバイブいるじゃねぇか」
「っざけんな! 却下だ却下!」
「んだよ、どうせお前だって本当に結果が出るかどうか信じてねぇんだろ? だったらいいじゃねーか」
「駄目だ駄目だ駄目だ! ダストてめぇっ、そうやってシェイドのこと潰すつもりじゃねぇだろうなっ!!」
「あぁ!? 仲間ぁ疑うのかよてめぇはっ!」
「疑われるような奴だからだろッ!」
「ちょっと、2人とも止めてよっ!!」
ダストの軽口にヴォーイが本気で乗ってしまい、お互いの襟首を引っ掴んで睨み合う。一触即発の空気が狭い部屋に満ちてしまった。レイの諌めも効果が無く、マリンが泣きそうになりながらますます悠太にしがみつく。おろおろと2人を見比べて、ようやく悠太が立ち上がろうとしたその時―――
「ヴォーイ。実験してくれ」
ぱかりと金色の瞳が開き、主に向かって言葉を発した。
「シェイド! もういいのか!?」
すぐさま喧嘩の内容を忘れてしまったらしいヴォーイが、シェイドに駆け寄る。
「問題ない。それよりも、そのプログラムを試したい」
主を見据えてはっきりと言い放つシェイドに、ヴォーイは戸惑った。
「け、けどよ…」
「それに本当に効果があるのなら、我々に有利に働くのは間違いない。試す価値は大きい」
「そうだろ? なっ?」
勝ち誇ったダストの声に睨みを返しながら、ヴォーイはまだ心配そうに自分の相棒をじっと見る。
「……解った。けど、ヤバかったらすぐに止めるからな?」
「ああ」
主の肯定に、シェイドは無表情のまま小さく頷いた。
ヴォーイの持っているハンディPCと、床に座ったままのシェイドを接続する。
「ん」
「う、うん」
差し出されたヴォーイの掌に、悠太は男から受け取ったチップをそっと乗せた。ドライブにあっさりとそれは差し込まれる。その瞬間―――――<反乱軍>は作動した。
「―――――――!!」
ヴンッ!という音がした、と思った瞬間、びくん! とシェイドの身体が仰け反る。目を見開き、口も半開きにしたままがくがくと震え続ける様が、まるで狂気を孕んでいるようで、悠太は喉の奥で必死に悲鳴を押し殺した。
「なっ、まだ起動もしてなっ…シェイド!!」
驚愕の叫びを発し、ヴォーイは無理やりチップを取り出した。
キュウウン…ガシャン!
その瞬間狂態は止まり、シェイドは床に昏倒した。
「シェイド! シェイドッ!!」
真っ青になったヴォーイが、慌ててキーボードを叩く。一瞬の沈黙の後、ぱちりとシェイドは目を開いた。
「シェイド! 大丈夫か!? どっか痛いとこないか!?」
シェイドの目の前にしゃがみこみ、肩を掴んで上半身を持ち上げる。
「………ぁあ、問題無い」
小さく呟かれた言葉に、心底安堵の息を洩らす。大小の差はあれど、この部屋に居る全員が。
「…プログラムの防壁が間に合わなかった。処理する前に第二波、第三波が来て対応できずに停止してしまう。これならば―――」
「ラグランジュにも通じる…か?」
思わず、という風に洩らしたダストの声に、シェイドは小さく頷いた。
「防御プログラムの基本動作は端末も主機も全く変わらない」
「よっしゃぁ!」
ぐっと腰の辺りで両の拳を握り締める。
「マジかよ…」
未だ信じられないようだが、この光景を見てしまったヴォーイも曖昧に頷く。
「やった! やったね、スゴイよユータ!」
どん! といきなり後ろからレイが悠太に抱き付いて来た。豊満な胸を後頭部に押しつけられて、悠太の顔が一気に朱に染まる。
「ちょ、ちょっとレイっ」
「これなら、なんとかなるよ! きっとなんとかなる! ユータ、元の世界に帰れるよ!!」
「――――えっ?」
嬉しさにレイが紡ぎ続ける言葉に、悠太は心底不思議そうに声を洩らした。それを聞き洩らさなかったレイも、きょとんとする。
「だって…もしラグランジュ内に侵入できたら、物質転送装置が使えるのよ? ユータ、元の世界に帰れるかもしれないじゃない」
「ん、あ、うん。そう、だね…」
自分でも驚いていた。自分に対する最重要項目だったはずの希望を、思い出すのに時間がかかったことが。たかが1週間ちょっといただけで、この世界に慣れているばかりか、嘗て自分がいた場所を過去にしてしまっている自分が居る。だってここは―――――――
きゅ、と俯いてしまった悠太をどう思ったのか、ダストは一つ頷くとびしっと悠太を指差した。
「よし、じゃあお前この係な」
「はっ?」
「お前がこのプログラムの係になれ。起動とか使い方とかはレイに聞いて勉強しろ」
「ま、待った! 俺、コンピュータとか全然解らないんだけどっ」
唐突過ぎる人事異動に、悠太は慌てたように両手を振り――――がし、とその両手を押えつけられた。
「やれ」
「……………………はい」
弱い。我ながら。そう思っても自分と同じ顔の人間に逆らえない悠太であった。